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<<知財判決紹介 「スキンケア化粧料」事件>>


平成27年(ワ)第23129号 特許権侵害差止等請求事件

[事件の概要]

 本事件は、兜x士フィルム(以下、原告という)が有するスキンケア化粧料の特許権(特許5046756号、以下本件特許ともいう)をDHC(以下、被告という)が侵害したとして提訴された事件(平成27年(ワ)第23129号、以下、本件裁判ともいう)である。本件特許は、本件裁判にて権利の有効性が争われるとともに、別途、被告より請求された無効審判(無効2015−800026、以下、本件審判ともいう)にて、権利の有効性が判断された。

その結果、本件審判では本件特許は有効であるとの審決がなされ、一方、本件裁判では本件特許は無効である旨の判決がなされ、審判と裁判とにおいて権利の有効性に関する判断が分かれた結果となった。現在、原告により本件裁判に関する控訴がなされるとともに、被告により本件審判に関する審決取り消し訴訟が提訴されているようである。

[事件の経緯]

平成19115日 原告がアスタキサンチンを含有する化粧品(以下、 「原告旧製品」という)を販売開始した。

平成19614日 原告がインターネット上のウェブサイトに原告旧製品に含有される全成分のリストを掲載した(当該リストには、本件特許の組成が全て記載されており、かつ組成物のpHに関する記載はない)。

平成19627日 原告がスキンケア化粧料に関する特許出願(特願2007-169635、以下、本件特許出願という)を行った。

平成24727日 本件特許出願が設定登録(特許5046756号、本件特許)された。

平成2636日  被告が被告製品の製造および販売を開始した。

平成26919日 原告が被告に対し、被告製品の製造販売などを差止める仮処分命令の申立を行った。

平成27213日 被告が本件特許の無効審判(無効2015−800026、本件審判)を請求した。

平成27817日 原告が被告に対し特許権侵害訴訟(平成27年(ワ)第23129号、本件裁判)を提訴した。

平成2838日 本件審判にて「本件特許を無効にするべきでない」との審決が出された。

平成28830日 本件裁判の判決言渡において、被告製品は本件特許の技術範囲に属するものの、本件特許は無効である旨が示された。

 

[本件特許発明]

【請求項1】

 (a)アスタキサンチン、ポリグリセリン脂肪酸エステル、及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;

 (b)リン酸アスコルビルマグネシウム、及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに

 (c)pH調整剤

を含有する、pHが5.0〜7.5のスキンケア用化粧料。

[主引用文献](本件審判では甲1、本件裁判では乙6)

平成19614日に原告のウェブサイトに形成された美容液の全成分リスト(以下、形成された全成分からの抜粋)

グリセリン

クエン酸(本件発明の(c)に相当)

リン酸アスコルビルマグネシウム(同(b)に相当)

オレイン酸ポリグリセリル−10(同(a)「ポリグリセリン脂肪酸エステル」に相当)

ヘマトコッカスプルビアリス油(同(a)「アスタキサンチン」に相当)

トコフェロール

レシチン(同(a)「リン脂質」に相当)等

*主引用発明は、本件特許発明の組成を全て含み、pHの記載がない。

*本件裁判では、上記組成のうち、オレイン酸ポリグリセリル−10,ヘマトコッカスプルビアリス油及びレシチンはエマルジョン粒子となっているものであると認められると判断されている(判決文第16頁第9行〜第17行)。

[副引用発明(化粧料に関する技術常識を示し証拠として被告により提出されたもの)]

 本件裁判および本件審判において、以下の内容を含む証拠が被告により複数提出されている。

・皮膚表面のpHに近い5.5〜6.5程度に調整された化粧水が多い。

・乳化型皮膚化粧料の発明の関し、酸性の可溶化型皮膚化粧料が特に好適で、これら化粧料の場合、pHは3〜7であり、特にpH4〜6で好ましい。このpHとするためにクエン酸、コハク酸、リン酸、リンゴ酸、乳酸、酒石酸などの有機酸あるいは無機酸の少なくとも1種以上を用いてpHを調整する。

[原告から提出された証拠]

 主引用発明が、原告旧製品の組成を示す記載であるところ、当該原告旧製品のpHが7.9〜8.3であったことを示す証拠が提出された。

[無効審判における本件特許発明の有効性の判断]

 審決によれば、副引用発明(甲3の1から甲3の6に記載の発明)から、化粧品のpHを弱酸性〜弱アルカリ性とすることは技術常識であるように見受けられる等の認識が示されたものの、主引用文献(甲1)に記載された化粧料は、原告から提出された証拠から推認すれば、本件特許発明に特定されるpHの範囲を採用したものとはいえない旨が述べられている。そして、化粧料のpHに関する技術常識があるとしても、主引用発明にかかる化粧品を弱酸性〜弱アルカリ性と設定することの動機づけとなるような記載を主引用文献(甲1)から見出すことはできず、本件特許発明が、主引用発明および副引用発明の記載に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない旨等の判断がなされている。

 

[裁判における本件特許発明の有効性の判断]

 本件裁判では、以下のとおり本件特許の有効性が否定された。

 判決文第16頁第26行目〜第17頁第5行目「そこで判断するに,原告の上記主張は,原告旧製品自体の成分を検査すればpHの値を知ることができるというにとどまるものであって,本件の関係証拠上,技術常識を踏まえてみても乙6ウェブページ(主引用文献)に掲載されている内容自体からpHが7.9〜8.3であると導くことができるとは認められない。したがって,乙6発明(主引用文献に記載された発明)においてpHの値は特定されていないと解するのが相当であって,原告の上記主張を採用することはできない。」
 判決文第18頁第1行目〜第14行目 「
上記の認定事実によれば,化粧品の安定性は重要な品質特性であり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ,pHの調整が安定化の手法として通常用いられるものであって,pHが化粧品の一般的な品質検査項目として挙げられているというのであるから,pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては,pHという要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される。そして,化粧品が人体の皮膚に直接使用するものであり,おのずからそのpHの値が弱酸性〜弱アルカリ性の範囲に設定されることになり,殊に皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと,化粧品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.0〜7.5に設定することが格別困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると解するのが相当である。」

 

[コメント]

 本件裁判と本件審判とにおける判断の相違は、以下の2点に集約される。

@    (主引用発明の認定について)本件審判では、主引用文献に記載の発明(化粧料の全組成リスト)に対し、原告が提出した証拠(原告旧製品のpHのデータと思われる)を加味して実質的に主引用発明が特定されている。これに対し、本件裁判では、主引用文献にはpHの値は特定されていないのが相当として、pHの特定のない主引用発明が認定されている点。

A    (主引用文献と副引用文献との組み合わせについて)本件審判では、主引用発明と副引用発明との組み合わせの動機づけが「主引用発明から見出すことができない」と示されている。これに対し、本件裁判では、「pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明(主引用発明)に接した当業者においては,pHという要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される」と判断されている点。

 上述する判断の相違が、今後の本件裁判に関する控訴事件、および本件審判に関する審決取消訴訟にてどうように判断されるのか、非常に興味深い。

弁理士 栗田由貴子

                                            以上